2012/11/12

講義。映倫の名物審査委員阪田英一の回想を読みながら、そもそも映倫ってどういう成り立ちで始まったのか、という話をした。初期の映倫ではまだ占領軍が幅を利かしていて、市川崑『銀座三四郎』(1950)も、当時は上映禁止映画だった『姿三四郎』と題名が似ているだけで問題になった。で、当の映画を観ると、都会の町医者藤田進がゴロツキどもをひとりひとり柔道技で川に投げ込んでいる。題名にこだわる占領軍もおかしいが、悪びれず旧作に便乗してる日本人もなかなかやるな、と。