2012/11/10

明治学院大学のシンポジウムに少しだけ参加、ハバナ大学マリオ・ピエドラ教授の発表に感動した。革命後アメリカ映画を追い出したキューバは世界各国の映画を輸入する政策をとったが、中でも豪快な剣劇映画を擁する日本映画は大切な位置を占めるようになった。その象徴が「ミフネ」と「カツ」。特に、盲目というハンディキャップの上に、太ってて飲んべえでバクチ打ちという欠点も多いイチ(座頭市)は、ソ連映画には絶対出てこない、キューバ人民の琴線に触れるヒーローだった。ラテンアメリカの島国と遠い遠い東洋の時代劇、あまりに異なる文化のせいで、かえってキューバ人には「映画自体が見えていた」のではないか、という示唆もあった。座頭市シリーズを16本も公開した国は、他に世界のどこにもない。教授が「シネ・サムライ」という語を発するたびにシビレた。もし日本映画がなかったら私たちは…というあたりで涙が出そうになった。

これを、マイケル・レインさんやマチュー・カペルさんが発表した英仏の状況と比較すると面白い。この両国では日本映画の紹介を先導したのは批評家たちで、彼らは自分の観た数少ない日本映画を材料に言葉をこねくり回すしかなかった。だから日本映画の楽しみ方において、パリやロンドンのシネフィルはキューバの農民に圧倒的な敗北を喫していたわけだ。

私の知る限り1960年代のキューバ映画は、革命の熱狂なんかそっちのけのクールでオトナな映画だ。その根っこはこういう視覚的教養なんだろうなあと思った次第。

キューバ版『座頭市あばれ凧』ポスター 作:エドゥアルド・ムニョス・バッチ