2016/03/05

やはりこれはブログ向けの記事か。久々にブログで。

読まねば選べず、読んでばかりでも選べない、と諦めて、今年も、孤独に、勝手に、独断で、ひっそりと2015年映画書ベストテンを発表してしまいます。例年以上に「あれもこれも読んでないのに」感が強く、いろいろ抜けているかと思うと、八方に向かって頭を下げます。いつもながら主題性と着眼点に重きを置いた選考です。
1 一頁のなかの劇場(中山信行編著)
2 黒澤明 樹海の迷宮(野上照代
3 ホフマニアーナ(アンドレイ・タルコフスキー
4 国境を超える現代ヨーロッパ映画250(野崎歓・渋谷哲也・夏目深雪・金子遊編)
5 映画の荒野を走れ プロデューサー始末半世紀(伊地智啓)
6 チェコ手紙&チェコ日記 人形アニメーションへの旅 魂を求めて(川本喜八郎
7 ミシェル・ルグラン自伝(ミシェル・ルグラン
8 ぼくが映画ファンだった頃(和田誠
9 映画館 中馬聰写真集
10 円山町瀬戸際日誌(内藤篤)
次点
政岡憲三とその時代(萩原由加里)
役者は一日にしてならず(春日太一
映画探偵(高槻真樹)
幻燈スライドの博物誌 プロジェクション・メディアの考古学(土屋紳一・遠藤みゆき・大久保遼編著)
『一頁のなかの劇場』は、店の顧客リストまで公開してしまうとあらば、古書店界から見れば反則技だろう。でも確信犯だから止められない。一つの職業が抱えてきた、これまでほとんど自分の視野になかった映画知の体系をまるごと浴びるこの面白さは何ものにも代え難い。まさに蛮勇である。個人的にも、映画書を主題とするやや風変わりな展覧会を企画し、映画書とは何か?を考え抜いた年だったので、ためらいなくこれを1位とする。『黒澤明 樹海の迷宮』のすごさは、黒澤映画最大の謎だった『デルス・ウザーラ』の現場に、ついに言葉が届いたこと。ロシア人、よく耐えたなあ。中井キャメラマンも耐えに耐えた。今は黒澤以上にこの方々を讃えたい。『ホフマニアーナ』は、企画そのものが美しい。だからこの本も美しい。『映画の荒野を走れ』と『円山町瀬戸際日誌』は2015年の夢中速読本の双璧。『チェコ手紙&チェコ日記』は川本喜八郎の私信の集積だが、将来人に読まれることを想定していたのだろう、彼の現況の説明が親切で、クリアな知性がどの文にも満ちている。実はいちばん感銘を受けるのが、チェコにも過剰に期待することもなく、そして自分が帰国した後の日本の人形アニメーションの展望もクールに分析しているところ。『ミシェル・ルグラン自伝』の魅力は、その華麗な経歴もさることながら、常に「いま、ここにいる私」から過去が語られているところ。これはまとめた編集者の力も強いんだと思う。続篇も刊行されると聞いているので期待。写真集『映画館』の美質は、曖昧に「人間」を主人公にしていないことだ。映画館にまつわる「映画と人の関わり」ではなく、映画の物質性そのものに向かっている。
2015年は、アンドレ・バザン『映画とは何か』とエリック・バーナウ『ドキュメンタリー映画史』の復刊された年としても記憶されるだろう。ビジュアル本では『剣戟と妖艶美の画家・小田富弥の世界』が健闘。弥生美術館はこの分野では誰の追随も許さない。現場写真では『怪獣秘蔵写真集 造形師村瀬継蔵』、宣伝アートワークでは『コンプリート ワークス オブ ドゥルー・ストゥルーザン』の刊行が特筆される。
サミュエル・フラー自伝」を選んでいないのは、まだ読めていないから、それだけです。

2015/03/17

私も審査委員を務めた第56回科学技術映像祭の結果が発表された。審査委員の多くは科学のスペシャリストだが(もちろん私はそうではない)、その目からも『鳥の道を越えて』は文句なしの評価を得た。

あと個人的にうれしいのは、東京シネマで活躍した名キャメラマン豊岡定夫さんの遺作『生命の誕生 絶滅危惧種日本メダカの発生』(2015年、13分)の受賞。小さくて地道な映画なのだが、日本の科学映画のクラシシズムというか、顕微鏡映画の“正統”としての品格に感銘を受けた。4月16日に科学技術館で、5月9日にはすかがわ国際短編映画祭で上映される。顕微鏡映画なのにラストショットでボロ泣きしてしまった。

2015/02/12

これまで少なくとも22のバージョンが作られ、5回の復元が試みられたアベル・ガンス『ナポレオン』のデジタル復元作業が、熱狂的なガンス研究家ジョルジュ・ムーリエ氏(会ったことがあるのですが迫力のある人でした)による6年の準備調査を経てついに始まる。1927年の公開時は三面マルチスクリーンの4時間版と一面のみの9時間30分版が作られたが、今回の復元はガンスが望んだ最終的着地点である6時間30分三面マルチ版を目指すという。集められたフィルムは1000巻以上、うち400巻は過去のどの復元にも使われていないフッテージとか…。完成予定は2017年。

2015/02/08

読まねば選べず、読んでばかりでも選べない、と諦めて、そろそろ今年も、孤独に、勝手に、独断で、ひっそりと2014年映画書ベストテンを選びました。例年のことですが、網羅性はありません。また主題性と着眼点に重きを置いた選考です。

1 スクリプターはストリッパーではありません(白鳥あかね)
2 映画の奈落(伊藤彰彦
3 夢を喰らう キネマの怪人・古海卓二(三山喬
4 映画術 その演出はなぜ心をつかむのか(塩田明彦
5 クリス・マルケル 遊動と闘争のシネアスト(金子遊・東志保編)
6 伝説の映画美術監督たち×種田陽平種田陽平
7 映画音響論(長門洋平)
8 ヒッチコックエリック・ロメール他)
9 岡本喜八全仕事データ事典(寺島正芳)
10 土木映画の百年(土木学会土木技術映像委員会編)

次点 戦前日本SF映画創世記(高槻真樹)
次点 80年代映画館物語(斎藤守彦)
次点 映画系女子がゆく!(真魚八重子
次点 岳人冠松次郎と学芸官中田俊造 展示解説書(北区飛鳥山博物館編)
次点 ピンク映画史(二階堂卓也)
次点 ヌーヴェル・ヴァーグの全体像(ミシェル・マリ)

企画賞 フィルムは生きている(手塚治虫)<復刻に対し>
企画賞 中島春雄怪獣写真集(中島春雄
企画賞 吉祥寺バウスシアター 映画から船出した映画館(ラスト・バウス実行委員会編)
企画賞 1969―新宿西口地下広場(大木晴子・鈴木一誌
企画賞 依田義賢 人とシナリオ(依田義賢

ここ20年ほど、時代を築いた映画スタッフのインタビュー本はいくつもあったが、1位はその中でも「映画の現場」を女性の眼から射抜いた得難い書。そしてオトコのわがままとロマンティシズムを知り尽くし、その限界まで見据えた上で見守ってきた人間の優しさの書。3位は、竹中労の「日本映画史縦断」で喧伝された伝説のアナキスト監督がにわかに甦った。竹中の祝祭的スタイルを超えて、自らがその監督の孫であるというパーソナルな決着への志向と、評伝としての客観的な分析性がハーモニーを見せる。6位はそれ自体がひとつの芸術体系ともいえる映画美術の思想を現在へ継承しようとした粘りの一冊。まさに保存版。9位は開いてみて途方に暮れる。例えばビブリオグラフィの一冊一冊にすべて解説があり、つまりは全部読み込んでいるのかと。

次点もたくさん選ばざるを得ない。「80年代映画館物語」は、巻末の膨大な都内主要館番組表が圧巻で、資料性も抜群。「岳人冠松次郎と学芸官中田俊造」は文部省山岳映画の大いなる時代に徹底調査で迫った一冊。「依田義賢 人とシナリオ」は、コッポラとの共同企画「ゲーテの『親和力』による翻案脚色の4篇のオムニバス」にとにかく驚かされた。「ピンク映画史」は、タイトルに似合わず著者の体臭がするところが持ち味。読み口は軽いのになかなか読み終わらない本というのがある。「いつまでもダラダラ読んでいたい」という褒め方はできないが、終わってみて「俺はこの本と付き合ったよ」という気だるい充足感は味わえる。ただ人名索引がほしかったし、編集側はもっと細部に介入すべきだった。あと日本初のジャン・パンルヴェ論を展開した三浦哲哉「映画とは何か」にも敬意を。

未読で気になっているものは「トリュフォー 最後のインタビュー」「曽根中生自伝 人は名のみの罪の深さよ」「マンガと映画」「映画の生体解剖」「メロドラマを読む」「ミッキーマウスストライキ! 米国・アニメ労働運動100年史」「敗戦とハリウッド 占領下日本の文化再建」「〈喜劇映画〉を発明した男──帝王マック・セネット、自らを語る」などなど。まだ色々忘れている気がします。