リリーはシャンパーニュがすき

10月7日

朝、体調がいまひとつ優れず。ちょっと腹痛もあり。途中から牛原虚彦の『進軍』(1930)に入る。ドラマと航空シーンが完全に分離しているし、敵というものが一切描かれていないのだが、当時はこういう作り方しかできなかったのだろうと牛原に同情。陸軍の全面協力とはいえ、プロパガンダ一辺倒になる前の航空映画として、これは思いのほか貴重な映画かも知れない。ウェルマンの『つばさ』なしにこの映画はなかったし、ホークスの『コンドル』なしに戦時下のプロパガンダ航空映画(例えば『南海の花束』)はなかっただろう。日本映画にとってのハリウッドを考える時、航空映画は意外と大きな意味を持つはずだ。

アムステルダムの映画復元専門の現像所、ハーゲフィルムのスタッフの方々とビジネスランチ。日本の復元技術が追いついていなかった頃はお世話になったが、ここ数年は国内でかなりの作業が可能になったので仕事をお願いしていない。あちらにしてみれば、その後の沈黙が気になっているのだろう。日本のフィルム原版事情、映画復元事情、先方の今の技術水準などについて意見交換。その後、一緒に会場の向かいのカフェに戻ると社長さんまでいらした。みんなここに来てしまって、現像所はお休みなんでしょうか。

山形映画祭でも最近はドキュメンタリー疲れを感じるが、ここでもそろそろサイレント疲れが来ているようだ。部屋に戻って30分だけ寝て、シュテファン・ドレスラーさん、韓国映像資料院のオ・ソンチさんと食事。3D映画史の専門家であるシュテファンさんはヴィム・ヴェンダースの古い知人で、ピナ・バウシュを題材にした新作3Dダンス映画『ピナ』について話してくれた。『ピナ』はどうやら来年のベルリン映画祭に出品されるらしい。

今日のメインイベントはマジック・ランタン(幻燈)の公演。18世紀から20世紀初頭にかけて幻燈というメディアが担った、娯楽・観光・教育・宣伝といった機能をバランス良く紹介する構成。エロ系もちょっぴり導入。19世紀のヨーロッパ人はこういうものを楽しんでいたと考えることから、19世紀のヨーロッパ社会が透けて見える気がする。勉強する気で来て、勉強になったからグッド。続いて「フランス初期喜劇俳優特集」はいつもの短篇盛り合わせだが、今日はカジミール、シシー、フイナール、ガヴロッシュ、マックス(マックス・ランデー)などなど。キュネゴンドという女芸人がいたが、やっぱり「カンディード」のキュネゴンド姫からだろうか。本日の大ヒットは、女ナポレオンに化けてナポレオン狂の父親を騙すシシーさんがかっこいい『シシー交霊する』(1914)と、フイナールの『迷惑な香水』(1911)。浮浪者のフイナールの足が臭すぎて、ベンチの隣に座っていた夫婦は逃げる、近づいてきた馬車は後退する、カフェの客など全員失神してしまう。臭いの強さを靴から立ち上る煙で表現しているのが笑える。失神している間にフイナールは客どものバッグを置き引きするが、呼ばれた警官もあまりの臭いに近づけない。しかし最後は、もっと臭い自分のブーツをフイナールに近づけて見事に逮捕。こんな映画に満場の喝采が。あと、芸人とは呼べないが、4歳ぐらいの可愛い女の子がレディのたしなみを真似て、服を着たり、髪をといたり、お化粧したり(!)、何か食べてたりするだけ、という『リリーの一日』(1913)にびっくりした。「リリーはシャンパーニュがすき」みたいなインタータイトルが入ると、女の子は一所懸命グラスにシャンパーニュを注いでこくこく飲む(多分ただの炭酸水)。これだけで一本の映画になるとは!初期映画恐るべし。見方によってはシネフィル以上にペドフィルが喜ぶ映画かも。深夜、清水宏『金環蝕』(1934)を字幕を気にしながら観て本日は終了。