雨月一代女

早朝、リヨン駅からトリノへ向かう。国境あたりは一面の雪景色だ。6時間弱でトリノ・ポルタスーザ駅に到着し、ホテルへ投宿。まだ夕暮れ前なので明日の予習とばかりに映画博物館へ行ってみるが、安さを求めて市街地からちょっと離れた宿にしてしまったので、いきなり市営バスの乗り方を覚えることになる。パリのバスより説明が不十分でしかもイタリア語なのでやや緊張。乗り換え場所では片言の単語を繰り出しておばあちゃんに正しいバス停の場所を尋ね、どうにかたどり着いた。この街も随分広いのだ。

ここも「映画以前」のコレクションがとんでもなく豊富で、それだけで2階の一フロア(「映画の考古学」)をたっぷり占有している。特にステレオスコープ系の機材類は展示ケースの中にひしめくほどだ。ミュートスコープ(手回しパラパラ漫画覗き機)やら視覚遊具の多くが動くようにしてあるのも羨ましい。3階は吹き抜けの大きな広場になっており、上から垂れた2つの大スクリーンにトーキー映画と無声映画が絶えず35mm(!)で流れている。4階は映画作りの各パートにかかわる資料の展示。分かりやすいものを挙げれば、チャップリンの帽子、マリリン・モンローの下着、ダースベイダーのお面、フェリーニのデッサン、などなど。特に意味があるとは思えない雰囲気的な展示品がいっぱいあるのもおかしい。謎の科学者の研究室とか。謎の貴族風サロンとか。謎のベッドルームとか。

そして5階がポスターギャラリー。本当にすごいポスターというのは見た瞬間に涙が出てくるもので、例えばグラウベル・ローシャ『黒い神と白い悪魔』フランス語版、パゾリーニ『乞食』オリジナル版、スコリモフスキー『出発』イタリア語版、にうるっと来てしまった。展示する方も「すごいでしょ?」と言いたくて見せてるわけで、その自信もしっかり受け止めたいところ。これらを観るだけで一日先に来た価値はあった。「ポスター芸術」として眺めれば、アメリカ映画はやっぱりヨーロッパより明らかに水準が下になる。日本映画のコーナーでは、"ACHIRA CUROSAWA"監督のイタリア版『羅生門』ポスター(1952年公開)に感激したが、実はその隣にあったイタリア版『雨月物語』がうむむむだった。確かに題名もクレジットも『雨月物語』だが、横座りした着物の田中絹代をどーんと出した絵柄は完全に『西鶴一代女』! そりゃないだろ! でも、イタリア映画のコーナーはさすがに栄光の歴史を回顧するに足る内容で、心の中でイタリア映画に敬礼をした。『カビリア』の衣裳なんか残ってたんですね。