郊外はクレイジー


郊外のアルジャントゥイユ市で毎年恒例の「映画市」をやっていると聞いたので足を運んでみた。こういう行事、周囲に事情通がいないと存在を知ることもできないのでラッキーだった。そこへ行く列車は市内のサン・ラザール駅から出るが、いま住んでいるカルチエ・ラタンから駅まで話題のヴェリブ(パリ市営レンタサイクル)に挑戦してみた。市内各地に無数にある自動の貸出スタンドから乗り始めて、どこのスタンドに返してもいい。料金はクレジットカード決済だが、30分以内に戻せば無料。ニホンと違って歩道走行は黙認されないのでやや怖くもあったが、運よく日曜の朝で交通量も少ないのでスイスイ。19分での到着は明らかにメトロより早いはず。でも平日はやっぱり怖い。

アルジャントゥイユ市はパリからほんの十数分だが、位置づけとしては武蔵小金井国分寺ぐらいの郊外っぽさか。「映画市」の本当の名前は"LES CINGLES DU CINEMA"、英語なら"FILM CRAZY"ぐらいの意味だろう。市の文化会館をまるごと借り切って、200もの業者が好き勝手に商品を並べている。世界各国のポスター。スチル写真。ポストカード。ロビーカード。プレス資料。映画本。映画雑誌。映画フィルムそのもの(予告篇とか本篇とか)。VHSとDVD。あらゆるフォーマットの映写機。その他機械類と部品。ノベルティ類。すごいのは昔のVHSのパッケージの紙だけ集めて売っている人。こんなの商品として成立するんかい。あまりの物量に頭がどうにかなりそうだった。

今日僕が話をした業者さんたち。

1 キューバの映画ポスターを売る中年男性
かつて映画ポスターが面白かった国といえばキューバポーランド。一定のファンを相手に堅い商売をしていると思しい。一枚一枚丁寧に解説してくれた。キューバポスターの魅力はシルクスクリーンで一色ずつ乗せてゆく鮮やかさ。『ルシア』の美麗品は58ユーロ。決して高くはない。しかし人気の『はじめて映画を見た日』は120ユーロ!

2 日本製印刷物専門の中年女性
シャブロル『スーパータイガー黄金作戦』の日本版ポスターが店頭を飾る。フィギュアも少しあるが、ご自慢はチラシ類で(さすが"CHIRASHI"の発音が良かった)、コレクターも結構いるので商売になるらしい。よくニホンへ行って仕入れてくるそうだ。基本的には買い付けますがチラシは劇場でも拾います、とのこと。しょーもない映画のチラシまで丁寧にファイルに収まっている。このテのコレクターは当の映画なんか観てなくても全然構わないわけか。

3 チェコの映画ポスターに強いカナダの中年男性
キューバポーランドほど人気ではないがチェコのポスターも面白い。僕の素性を聞くので答えたら、フィルムセンターの図書室に行ったことがあるとのこと。ひゃあ。この方は英語だけ。会場では英語もよく聞こえてくる。彼のように海を渡って参加してくる業者も多いらしい。『リオ・ブラボーチェコ版(プラハ公開1968年)を購入。

あと、「フランス9.5mmシネクラブ」のお年寄りたちも3人ほどいらした。噂には聞いていたが、ヨーロッパにはまだ9.5mmの愛好者がいらっしゃる。季刊の雑誌"CINE 9.5"まで出しているが、さすがに皆さん高齢化してきて誌面にも会員の訃報が多い。富士フイルムの35mmを縦に裁断し、穿孔機を用いて9.5mmフィルムを作る業者(本来は現像所)があるとのこと。今でも自分らの作品を持ち寄って「9.5mm映画祭」を開催している。"LE NEUF-CINQ, C'EST L'ETERNITE!"(9.5mmは永遠だよ!)。おじいちゃん…。

一つ分かったことがある。シネマテークの収集活動を考える時、その所蔵品だけを見ていても意味がないのだ。こういう市場が成立しているという文化的背景があってはじめてアーカイヴ資料の収集ポリシーも確立される。急に視野が広がった気がした。写真は、なぜかホールの入口に貼られていた、ある日本映画のポスター。真面目な話、きっと人気の高いものに違いない!