表札はタツノオトシゴ

根っからの貧乏性で、せっかくの機会だからと毎日何かを自分に付け加えないと気が済まない。昨晩も実は名画座でデルマー・デーヴィスの『潜行者』を観たのだが、あんなサスペンスたっぷりの映画で30分以上も眠ってしまった。ボギーさんバコールさん申し訳ありません。やっぱり疲れていることは確か。

冷たい雨。郊外の資料保存庫で、美術・衣裳デッサン類の保存状況を調査。中枢にメアリー・メールソン(夫はラザール・メールソン)がいたことも影響しているのだろうが、ここでは早くから美術監督のデッサンは「映画が生んだ絵画作品」と見なされ、敬意が払われていたことが分かる。フランス映画が中心とはいえ、ドイツ・イギリス・イタリア・ソ連美術監督・衣裳デザイナーのデッサンもかなりの比率を占める。日本映画では水谷浩のもの(『近松物語』『楊貴妃』『新・平家物語』『赤線地帯』)があることは知られているが、もう一人、柴田篤二のデッサン(『白鷺』)もあったのには驚いた。メールソン、トローネル、バルザック、ドゥーイ、ドーボンヌ、ルヌー、ドゥアリヌー、エヴァン(ドゥミー組)、ソルニエ(レネ組)、ギュフロワ…。これだけ華麗に揃っていればフランスの映画美術でいくらでも論文が書けそう。

帰りに、先日アポイントメントを取った「ドキュマン・シネマトグラフィック」を訪問。ジャン・パンルヴェの後継者ブリジット・ベルクさんが維持する、伝統あるドキュメンタリーの配給組織である。ここは実際にパンルヴェが住みながら事務所を構えていた場所で、中庭の奥にあるため、外のやかましいテルヌ大通りとは対照的な静けさに包まれている。表札にタツノオトシゴのマークがあるだけで私なんかキャーですよ。「ジャンがいた頃から室内はあまり変わっていません」とベルクさん。地下には35mm映写機まで備えた小さなホールもあった。「ムッシュー・オカダはあのオカダとは親戚ではないのですか?」「いえ岡田桑三とは関係ありません」。『ファルビーク』などのジョルジュ・ルーキエ作品の権利も管理しているそうで、DVDをもらっちゃいました。今はパンルヴェ映画の権利事務を任されているという娘さんもいらっしゃって、短いけれども理知的な時間を過ごした次第。雨はまだ止みません。