ブラーチャ!

10月3日

まだ時差の調整ができず、本意でない早起き。まあそれなら、と午後のコレギウム(講義)の準備をする。結局、清水宏の『七つの海』(1931-32)は後篇の上映から会場入り。かなり満席に近く、日曜の朝9時からこんなズブズブのメロドラマに漬かっている欧米諸国の皆さんに脱帽。柳下美恵さんの伴奏も快調だ。そしてアマゾンの記録映画特集から『ボロロ族の儀式と祭礼』(1916)。レヴィ=ストロース以前の「悲しき熱帯」が目前の大スクリーンに展開している。キャメラレヴィ=ストロースのように悩んではいないのだが。

13時より会場近くの、昔の修道院を改築した小さなホールでコレギウム。さまざまなテーマに沿って毎日この時間に始まるが、今日が「松竹の三人の巨匠」の日。昨日からの清水作品が好評のせいか、ほとんど満席になる。人前で外国語を話すのはとにかく苦手だが、どうにかこうにかこなす。関東大震災の前と後では同じ松竹といっても性質が違う、小山内薫の理想主義と「城戸イズム」は相容れない、という趣旨だが正しく伝わったかどうか。ただ、下手でも真剣に話をすることが大事で、そうすればちゃんと反応は来る。レベルの高い質疑応答がいつまでも終わらず、質問を打ち切られたイタリアの学生たちが後でこちらにきて小津の無声作品について質問をしてきた。可愛いなあ。その流れでピッツェリアに入り、遅い昼食。

夕方、地元の中学生オーケストラの伴奏で無声喜劇を上映する企画。この劇場はオペラ用なので、ステージ前の一段低いところにオーケストラボックスが整備されており、上映前に最前列から見下ろすと、いかにも中学の音楽教師っぽい女性が緊張気味の少年少女に指示を出していた。これからはなるべく最前列で見ようと決心。隣町サチーレの中学生がパテの短篇喜劇盛り合わせを、ポルデノーネの中学生はチャーリー・バワーズ主演作を伴奏。バワーズは初めて観るが、愛らしい模型アニメとナンセンスな笑いが奇妙に同居していて面白い。

20時30分、英国国立フィルム・アーカイブ設立75年記念上映は、ジョン・グリアソン『流網船』(1929)と『戦艦ポチョムキン』(1925)のカップリング。後者のフィルムはドイチェ・キネマテーク(ベルリン)の所蔵だが、そこのマルティン・ケルバーさん自ら「世界で最良のポチョムキンのプリント」と豪語するだけあって暗部の諧調がくっきり出た素晴らしい画質。しかも、戦艦のマストにはためく旗だけ手彩色で真っ赤に! 「ブラーチャ!(兄弟よ!)」。忘れていた細部がいっぱい脳の中に蘇ってきた。